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2017年度「WEB上展覧会 携帯電話の思い出2017」

 帝塚山大学博物館経営論受講生による、携帯電話の思い出を元にした展示の2017年度版です。
 受講生それぞれの携帯電話(iPhone、スマホ)についての思い出を、それぞれのケータイの画像とともに紹介します(画像をクリックすると拡大されます)。
 携帯電話それ自体は量販品であっても、使用する人の思い出が付随することで資料の歴史性が浮かび上がり、他に代わりのない資料の一品性(逸品性)に気づいてもらうという趣旨です。
 これまでに行った携帯電話のWEB上展覧会は、次のとおり。大学生の携帯電話とそれにまつわる思い出の定点観測です。
 2016年度「WEB上展覧会 携帯電話の思い出2016」
 2015年度「WEB上展覧会 携帯電話の思い出2015」
 2014年度「WEB上展覧会 携帯電話の思い出2014」
 2013年度「WEB上展覧会 携帯電話の思い出2013」
 2012年度「携帯電話の思い出-web上の展覧会-」
 2011年度「ケータイの思い出」
 2010年度「携帯電話にまつわる思い出」
WEB上展覧会 携帯電話の思い出2017
携帯2017 (1)
学生①
 このiPhoneとは2年の付き合いです。
 大学に入学するときにガラケーからiPhone6に変えました。高校時代はまわりがスマホを使っていてうらやましかったのですが、大学入学時にやっと変えることができました。
 しかし2年も使っていると、iPhoneを落として画面が割れたこともありました。画面が割れた状況は、野球観戦中にテンションが高くなり手に持っていたiPhoneを滑らせて派手に落としてしまい、画面の真ん中に大きな亀裂が入りました。またこれもいい思い出です。

携帯2017 (2)
学生②
 このスマホは自分が初めて自腹で購入したスマホです。Huaweiという中国のブランドの格安スマホで、非常に安価で日常で使うには十分すぎるスペックです。前回使っていたLGのスマホは思いのほか早くダメになってしまったため、このスマホには頑張ってもらいたい。

携帯2017 (3)
学生③
 私はiPhoneシリーズをよく使っています。
 昨年私は、iPhone5Sを使っていました。私の友人は新しいiPhone6など私の5Sより機能性等上位に立っている事で、私の5Sを旧車の如く悪く言っていました。
 ですが、その年の秋。ついに私は5Sをレベルアップさせ、iPhone7と共に立ち上がり守りから攻めへと転じました。それから私と今のiPhone7とは戦友の様な絆があると確信しています。

携帯2017 (4)
学生④
 「僕のスマホ」
 私がスマートフォンを買ってもらったのは4年前、訳あって高校をやめることになった際、「友達と繋がれる様に」と、母が気遣ってくれての事でした。
 それから色々あって、環境も機種も交友関係も変わりましたが、たまに当時の友人や、それより前のガラケー時代の知り合いから連絡が来る事があります。
 機種等は違いますが、キャリアのアカウントやメールアドレス等は初めてケータイを与えられた時から変わらないので、苦楽を共にした友と言えるのかもしれないですね。

携帯2017 (5)
学生⑤
 現在使用しているスマートフォンは、3代目である。3代目のものと出会ったのは、今から役1年前にドコモショップで機種変更した時だった。自分は同じSONYの「Xperia」シリーズしか使用していないので他のシリーズはよく分からない。最初に持ったケータイもSONYの「Xperia」だったのだが、同じシリーズを使い続けると、電池の持ちがよくなったなあとか、画質や他の機能の諸々を比べて「ここが良くなった」とか「この部分は変更してほしくなかった」とか様々あったことを思い出す。たぶんこれからも自分はSONYの「Xperia」しか使用しないだろう。それは、新しく出てもある程度勝手がわかっているから。

携帯2017 (6)
学生⑥
 この携帯は大学に入ると同時に買いました。
 カバーは今ので4代目です。最初に買ったカバーはブースカのカバーでした。つけているストラップの一つは家族全員とおそろいのものです。
 今のカバーは半年ほど使っていますが、もういろいろなところがぼろぼろです。が、長く使っていきたいです。

携帯2017 (7)
学生⑦
 このiPhoneは3代目の携帯電話で、スマートホンでは2代目です。2代目のスマートホンが大学入学前に水没して、タイミングが良いと思い買い換えました。当時、iPhoneがまわりで流行っていて、自分も欲しかったので、携帯会社に行った時に迷わずこのiPhone6を選びました。この携帯とも2年半ぐらいのつきあいですが、使いやすく重宝しています。前の携帯が短命だったので、この携帯は末永く使っていきたいと思います。

携帯2017 (8)
学生⑧
 このスマホは、先日購入したばかりです。購入して2日後に、前のスマホよりサイズが大きくて手になじんでなかったためか、駅で落としてしまい、画面が割れたかと思いましたが、無傷でした。高いところから落としたのに無傷なことに感動したということがありました。

携帯2017 (9)
学生⑨
 初めて2年以上使用している携帯ですが、当たりを引いたのか、2年以上使用していても少しバッテリーが減るのが早いなと思うくらいで、他の機能などで目立った以上を感じた事がないので、びっくりしています。実は現在使用している携帯は、自分が携帯を持ち始めて10年ほどになりますが、4台目で、他のものは2年たつ間に1回は修理にだしているのに、このスマホは1度も修理に出したことがないのでうれしい限りです。

携帯2017 (10)
学生⑩
 今使用しているスマホは大学に入ったときから使い続けている。
 今のスマホは3代目になるが、このスマホだけはまだ一度も落としたことがない。自分自身でもこのスマホを大切に使っている感じはしないが、落としたことがないというのは唯一の自慢できる話である。

携帯2017 (11)
学生⑪
「―ある文学部生のiPhone―」
 これは、iPhone5sである。5年前の2012年、LINEが普及しだし、周りの同級生がメールではなく、アプリで連絡を取ることができるようになった。自分も流行に乗り、ガラケーからiPhoneに変更した。一つのケータイで、メールや電話というケータイとしての機能のほかに、ゲームやGPSによる位置情報のアプリが増え、写真の機能がレベルアップし、画質が良くなった。指だけで操作のできる機械が自分の手元に来た時の感動は計り知れない。
 iPhoneなどのケータイは2、3年で買い換えるのが普通だが、自分のiPhone5sは今年で5年目になる。とっくに減価償却が終わっている。なの30分ほど使用し続けると、ケータイが持っていられなくなるほど熱くなり、1時間後には勝手に電源が落ちてしまう。そろそろ買い換え時だ。だれか安く買い買い換えてくれる人がいたら連絡を求む。

携帯2017 (12)
表敬訪問してくれた元学生⑫
 このスマートフォンは2014年10月から使っています。前回と同じauのiPhoneで、当時リリースされたばかりの最新機種。前に使っていたものが古くなって、使いづらくなったこと、新しいものが出たばかりだったこと、自分の誕生日のタイミングが重なり、機種変更しました。
 かつて使っていたガラケーと比べると、かなりスマホ自体への思い入れはなくなったように感じます。クラウドを使ってメールや画像も残していくので、情報の依り代として認識しています。
 何度か置き忘れたり、なくしかけたこともあるのですが、クラウドに共有していることはPCでも確認できたり、クラウドでiPhoneを探す機能もあるので、ガラケーのころよりは困ることは減りました。
 個体へ愛着を認識できないくらい、無くてはならない存在となっているとも言えるかも知れません。
(同じ方の過去の携帯電話の思い出は、2011年度「ケータイの思い出」の(14)です)

携帯2017 (13)
学生⑬ 
 私が今使っているスマートフォンは、私が初めて持った携帯電話です。中学・高校の時は校則で持つことを禁止されていたので持っていませんでした。
 初めてのスマートフォン、最初の1年はとても大切にしていました。初めての携帯電話だったので。しかし今年で3年目になると、扱いが自分でも雑だと感じています。床に落としてもそれほどあせらなくなりました。カバーもつけなくなりました。
 そんなひどい扱いをされていても、傷はつきましたが画面が割れることは今のところありませんでした。
 しかし、外側がキレイでも、内側は使いすぎでボロボロだと思います。ボロボロになってしまっても、最後まで愛着を持って使いたいです。

携帯2017 (14)
学生⑭
 「今のスマフォの思い出」
 私が現在使用しているスマフォは前のスマフォが長年使用していたため、買い換える事になり、大学1回生の12月頃に買い換えたので、かれこれ1年と6ヶ月くらいの付き合いになります。
 これといった思い出話もあまり思い浮かばないのですが、強いて言うとすれば、スマフォを買い換えに行ったときに、どうせならと家族で同じ機種にすることになり、白か緑か黒の3色が出され、私は白を選んだのですが、兄も白が良かったらしくお互い譲らなかったのでジャンケンで決める事になり、その結果私が白色のスマフォを使える事になりました。その時の事は今でも時々兄にいわれるので、このスマフォはこれからも大事に使っていこうと思います。

奈良博「源信 地獄・極楽への道」、高野山霊宝館「正智院の名宝」鑑賞記

7月17日、祝日ながら大学講義。終了後、重要な展覧会を巡ってせめてもの祝日気分を味わう。

奈良国立博物館
特別展 源信 地獄・極楽への道
(7月15日~9月3日)

 『往生要集』の作者源信(942~1017)千年忌を記念して、源信の生涯の事蹟とともに、中世社会において受容された地獄・極楽の死後世界のイメージを、優れた絵画資料を多数集めて提示する。地獄絵では、聖衆来迎寺の六道絵15幅、東博地獄草紙、奈良博辟邪絵(以上全て8/6まで)、極楽図では当麻寺當麻曼荼羅(貞享本・重文)、金剛峯寺法華経・大般若経見返絵、来迎図では法華寺阿弥陀三尊及び童子像(~8/20)、知恩院阿弥陀聖衆来迎図(早来迎、~7/30)と国宝展状態。新長谷寺阿弥陀如来立像及び厨子(重文)は大型の厨子奥壁の極楽図と扉絵の聖衆が、彫刻の来迎形阿弥陀立像とハイブリッドに融合(展示は阿弥陀像を別置。図録に安置状況の図版あり)。阿弥陀による救済のイメージが凝縮した好例。彫刻では即成院二十五菩薩坐像(3駆づつ展示替え)、保安寺阿弥陀三尊像と奈良博地蔵・龍樹菩薩坐像を組み合わせて阿弥陀五尊像を再現。図録あり(328ページ、2300円)。

高野山霊宝館
 企画展 正智院の名宝
 (7月15日~10月9日)

 正智院が兼務する善集院の本堂再建と本尊修理完成を記念して開かれる名宝展。正智院本尊阿弥陀三尊像が初公開。すでに報告があるが(岩田茂樹「高野山正智院の阿弥陀如来坐像」『鹿園雑集』5、2003)、1200年前後の運慶にごく近い慶派仏師の作例。報告や展示では脇侍の一具性については慎重な態度であるが、中尊像と観音像の風貌はよく似る。観音像の髻が平安後期風を丈高くした改変形であるのも過渡的。修理が施された正智院不動明王立像は、同時毘沙門天立像(重文)と対になるものと判明。本尊三尊像と組み合わされるとすれば、運慶周辺の同種の五尊像との関係が注意されるが、やや降るか。不動・毘沙門両像は今後奈良博寄託との由(住職ごあいさつに明記)。善集院本尊も中尊は鎌倉時代の阿弥陀像で、観音像は南北朝時代。仏画では普賢延命菩薩像、八字文殊曼荼羅図、紅玻瑠阿弥陀像、八宗論大日如来像(以上全て重文・鎌倉時代)、最古の四社明神像(鎌倉時代)、稚児大師像、狩場明神像、影向明神像(以上室町時代)と、重要作例がずらり。また近年の同寺聖教蔵の調査研究成果も反映され、鎌倉前期の正智院主道範関連資料や、各種版本(高野版・根来板・浄土板・宋版・高麗版・西大寺版等)や連歌資料、特殊な図像類も多数出陳。正智院発行による展示内容と共通する図録『高野山正智院の歴史と美術』あり(114ページ、2200円)

国立歴史民俗博物館「URUSHIふしぎ物語」、サントリー美術館「神の宝の玉手箱」鑑賞記

7月15日、歴博とサントリー美を回って、漆まみれ。

国立歴史民俗博物館
 企画展示 URUSHIふしぎ物語-人と漆の12000年史-
(7月11日~9月3日)

 日本列島における漆使用の歴史と文化の諸相を、考古・美術・民俗・歴史に関する多数の資料をもとに「ウルシと漆」「漆とてわざ」「漆とくらし」「漆のちから」「漆はうごく」「これからの漆」の章立てで叙述する。展示室冒頭5メートルに詰め込まれた、自然科学の分野におけるウルシ研究の最前線、放射性炭素年代測定で年代の把握された漆を使用(あるいは付着)した重要資料の数々、そして浄法寺町の漆掻きの紹介映像で30分費やす。施工用具と技術の歴史的諸相、加飾技術のさまざま、漆とともにあった暮らしの歴史・民俗、外国へ輸出される漆器、琉球漆器からアイヌにおける威信財としての漆器、近代の漆器、最新の漆施工技術など、歴博らしい視野の広い内容。人文科学・自然科学の融合により行われた展示型共同研究「学際的研究による漆文化史の新構築」(平成25~27年度)の成果展。加飾技法の説明に、何気なく東博片輪車蒔絵螺鈿手箱(国宝・前期)や根津美術館秋野蒔絵手箱(重文)が並ぶ贅沢(後期は根津美宝相華平文袈裟箱、奈良博蓮唐草蒔絵経箱)。図録あり(300ページ、2500円)。

 特集展示 楽器と漆
(7月11日~ 9月3日)

 URUSHI展にあわせて漆工の楽器を集めて展示。紀州藩第十代藩主徳川治宝収集の楽器コレクションから笙や篳篥、大阪麦酒会社創業者生田秀の能楽コレクションから鼓胴をどっと展示。

サントリー美術館
 国宝《浮線綾螺鈿蒔絵手箱》修理後初公開 神の宝の玉手箱
(5月31日~7月17日)

 修理完成した国宝・浮線綾螺鈿蒔絵手箱を軸点として、手箱の歴史や意匠の意味を実資料をもとに叙述しながら、「特別な手箱」(玉手箱)の存在した場を浮かび上がらせる。鎌倉時代の手箱として東博片輪車蒔絵螺鈿手箱(国宝)、出雲大社秋野鹿蒔絵手箱(国宝)が並ぶほか、明治から現代にかけて制作された絢爛豪華な手箱の優品の模造(どれも優れたできばえ)が並ぶさまは、玉手箱イメージを的確に伝えるもので展示効果が高い。化粧道具と呪術という観点から三重・四天王寺の薬師如来坐像および納入品(重文・承保4年〔1077〕)を、神の調度という観点から熊野速玉大社と熱田神宮の古神宝を選択して提示して、マジカルアイテムとしての玉手箱(日本民藝館の浦島絵巻も効いている)の意味をクローズアップする手法は挑戦的。毎度のことながら洗練された展示空間作りに感心。図録あり(208ページ、2500円)。

京都国立博物館「閻魔と地蔵」、大和文華館「没後三〇〇年 画僧古磵」鑑賞記

6月29日
京都国立博物館
 名品ギャラリー 閻魔と地蔵
(6月13日~9月3日)

 京都での仕事を終えてから立ち寄る。新町地蔵保存会の地蔵菩薩坐像(平安時代前期・9世紀・重要文化財)と、その複製を並べる。複製は京博のX線CTでデータ計測し、外部業者がデータ補正したのち京博の3Dプリンターで出力、京都市産業技術研究所が漆塗り仕上げを施して完成させたもの。今後、防犯・防災のため伝来してきた堂舎に実物の代わりに安置されるもので、信仰対象であることを考慮して干割れの再現や破損部位の塗り分けは行われなかった由。
和歌山方式(「集落の過疎化高齢化のもと空前の文化財盗難被害に遭うなか緊急措置としてレプリカを活用せざるを得ない状態まで追い詰められた和歌山方式」の略)の仏像レプリカは、県立和歌山工業高校でデータ計測、CADソフトで修正、3Dプリンターで出力(ABS樹脂製)し、博物館で部材接着・表面研磨(アセトンで溶かしてヤスリがけ)ののち、和歌山大学教育学部美術教育専攻の学生がアクリル絵の具で着色して完成させている。新技術を活用し、文化財の保存・継承につなげていく上では、なぜその方法によるのかという理論の構築も大切。京博方式の漆塗り仕上げというのも、一つの回答。
 名品ギャラリー「伝説の画家たちが描いた仏画」(6月13日~7月23日)では初見の宋元画を堪能。今宮神社線彫四面石仏(重文)もスケッチしながらじっくり鑑賞。

7月1日
大和文華館
特別展 没後三〇〇年 画僧古磵
(5月20日~7月2日)

 休講した講義の補講を兼ねて鑑賞。江戸時代前期の浄土宗僧で、京都・奈良で活動した画僧明誉古磵(みょうよこかん・1653~1717)の回顧展。報恩寺当麻曼荼羅図、浄国院大経曼荼羅図、大宗寺無量寿経曼荼羅図・阿弥陀経曼荼羅図、光伝寺涅槃図、薬師寺薬師浄土曼荼羅図など大画面の仏画、古磵らしい特徴ある風貌の薬師寺法相十八祖像や三祖師像、濃彩で群像を生き生きと活写した薬師寺縁起絵巻や知恩院円光大師贈号絵巻、闊達で諧謔味のある墨画の大黒天図(生涯に2000枚を描き寄進したという)、そして版本の挿図まで、幅広い画僧の活動を一望する。泉涌寺の縦15.1m、横7.6mの大涅槃図(未出陳)は最晩年の絶筆と知る。驚き。これからの近世仏画研究の上で着目すべき重要な人物と認識する。図録あり(192ページ、2600円)。大谷徹奘「画僧・古磵の生涯」、古川攝一「画僧古磵の仏画について」所収。また画僧・古磵研究会監修、大谷徹奘編『画僧古磵Vol.1 街かどの福の神と多彩なる水墨画の世界』も頒布(108ページ、2160円)。落款が大きく掲載されていて有益。

逸翁美術館「開け!絵巻」鑑賞記

6月25日
逸翁美術館
開館60周年記念展 第二幕 開け!絵巻
(6月10日~7月30日)

 およそ一ヶ月ぶりの展覧会鑑賞。館蔵の絵巻物及び経典類を多数展示。大江山絵詞(重文)、芦引絵(重文)、白描絵料紙金光明経(重文)、十巻抄(重文)、露殿物語(重美)のほか、石山寺縁起絵巻、春日権現験記絵巻、蒙古襲来絵詞、六波羅合戦絵巻の江戸時代模本や松岡映丘写の白描枕草子絵巻など、収集者(小林一三)に絵巻物というジャンルを体系的に収集する意図があったことを実感する。和歌山関連として高野大師行状絵巻、絵因果経断簡(勝利寺本)、道成寺縁起絵巻、熊野本地絵巻、西行物語絵巻もじっくり鑑賞。大江山絵詞、熊野本地絵巻は、物語内容を絵で要約したパネルを用意し、前者はプロジェクターでの内容絵解きも準備して、絵巻物の理解を助ける。今回の展示に際しての図録はないが、同館編『絵巻 大江山酒呑童子・芦引絵の世界』(2011年)に経巻類以外はだいたい掲載(1080円)。
 鑑賞後、近隣の勝尾寺に足を伸ばして拝観。瀧安寺(箕面寺)も行こうと思うも時間が足らず断念。

高野山霊宝館企画展「霊場高野山-納骨信仰の世界-」鑑賞記

高野山霊宝館
 企画展 霊場高野山-納骨信仰の世界-
 (4月15日~7月9日)

 弘法大師とともに弥勒下生の時を待つ高野山信仰に基づいた、高野山奥之院の埋経・納骨・造塔の諸相を紹介。奥之院御廟内から出土した比丘尼法薬埋納の経塚資料(重文)、南保又二郎納骨塔である金銅宝篋印塔(重文)といった紀年銘を有する資料を核に、青磁や白磁の舶載品から瀬戸や常滑の壺、小型のもの(壺形・蓮弁形・仏形など)などさまざまな納骨器が並ぶ。ほか高野山近隣の村で製作された位牌や、宝寿院決定往生集(重文)、報恩院高野山蓮華曼荼羅も。紫雲殿では至正10年(1350)銘を有する高麗仏画の五坊寂静院弥勒下生変相図や、阿弥陀聖衆来迎図(大正期模写本)など、阿弥陀像・弥勒像が並ぶ。後期(5/30~)には南宋仏画の成福院阿弥陀如来像もお出まし。図録あり(8ページ、200円)。

兵庫県立歴史博物館「ひょうごの美ほとけ」展鑑賞記

5月6日
兵庫県立歴史博物館
特別展 ひょうごの美ほとけ-五国を照らす仏像-
(4月22日~6月4日)

 兵庫県内に伝来した数多くの仏像を、この四半世紀における調査研究の成果を踏まえて集約し公開する。白鳳時代の應聖寺誕生釈迦仏立像(平成19年確認)、平安初期の日野辺区聖観音坐像(平成14年確認)、平安前期の瑠璃寺不動明王坐像(昭和61年確認)、平安中期の圓教寺性空上人坐像(平成12年確認)、快慶の作風を示す浄土寺阿弥陀如来立像(平成20年確認、来迎会所用か)、小谷区阿弥陀如来立像(加西市史編纂時確認)、鎌倉前期の圓教寺毘沙門天立像(近年の護法堂修理時に確認、特殊な用材の慶派作例)など着実な調査の足取りを示すとともに、金蔵寺阿弥陀如来坐像(奈良時代)、随願寺毘沙門天立像(平安後期)、萬勝寺阿弥陀如来坐像(鎌倉初期)、法恩寺菩薩坐像(宋時代)など古代~中世の作例から、江戸時代の宮内法橋や厚木民部の作例までをフォローする。パネルでも多数の作例を紹介して、兵庫県の仏像の流れを一望する彫刻史研究展示の集大成。「展示」の背景には、学芸員による膨大な調査研究の営みと知の蓄積があることを感じさせる重厚な企画。こうした成果を検証し深化させていくことが、知の共有化の恩恵を受けた研究者の責務と気を引き締める。図録あり(152ページ、2000円)。鑑賞後、同行した子と、姫路城散策。ゴールデンウィークでご訪問者多く、天守閣内は大渋滞。

東博「新指定国宝・重要文化財」「茶の湯」、サントリー美「絵巻マニア列伝」、三井記念美「奈良 西大寺展」など鑑賞記

東京国立博物館
 平成29年新指定国宝・重要文化財
(4月18日~5月7日)

 恒例、新指定国宝・重文お披露目展示。国宝となった深大寺釈迦如来倚像、中尊寺の仏像と共通する作風の宮城・お薬師様文化財保存会千手観音坐像(脇手も良好に残る)、脇侍が跪坐して幡を執る来迎形の廬山寺阿弥陀如来及び両脇侍坐像(指定では13世紀初めと時期限定)、平安時代後期のまとまった神像群である南宮神社神像・随身立像をしっかり鑑賞。

 特集 幕府祈願所 霊雲寺の名宝
(4月25日~6月4日)

 梵字悉曇の碩学として著名な浄厳を開基とする霊雲寺伝来資料を展示。弥勒曼荼羅図(重文)、諸尊集会図(重文)、日吉山王本地仏曼荼羅図(重文)、十六羅漢図(重文)、浄厳の解釈による独自の両界曼荼羅図など仏画の優品ずらり。リーフレットあり(8ページ)。

 特別展 茶の湯
(4月11日~6月4日)

 茶の湯を巡る文化や美術を通史的に紹介。冒頭から牧谿筆観音猿鶴図(大徳寺)、稲葉天目(静嘉堂文庫美術館)、油滴天目(大阪市立東洋陶磁美術館)、青磁浮牡丹文花瓶(アルカンシェール美術財団)等々が並ぶ豪華さ。選りすぐりの名物や優品を、大盛況で十重二十重の頭越しにちらりちらりと鑑賞。図録(430ページ、2800円)で勉強しよう。

びわ湖長浜KANNON HOUSE
 長浜市 長浜城歴史博物館 聖観音菩薩立像
(3月14日~5月21日)

 もと長濱八幡宮神宮寺・新放生寺の別院妙覚院に安置され、のち北門前観音講に伝わり、現在は長浜城歴史博物館の所蔵となる10c末~11c初の観音像を出開帳。裾部はかつて朽損したようで脛から下は補材となっているが、背面に正徳元年(1711)の修理銘があり、先の伝来も伝える。仏像の伝来把握の上で、修理銘はとても重要。

サントリー美術館
 六本木開館10周年記念展 絵巻マニア列伝
(3月29日~5月14日)

 優れた絵巻の数々を、後白河院、花園院、後崇光院・後花園院、三条西実隆、足利将軍家、松平定信と、それを享受し作製させた熱烈な愛好者に着目する視点のもと、集約する。またそうした愛好者の絵巻を巡る動向を、数々の古記録、日記も徹底して集めて作品の歴史的位置を明確にしており、タイトルのキャッチーさに比して、美術史の論文を懇切に展示化したとも言うべき、正統派「THE 美術史」展示。病草紙断簡、春日権現験記絵、石山寺縁起絵巻、矢田地蔵縁起絵巻、絵師草紙、彦火々出見尊絵巻、玄奘三蔵絵、福富草紙、芦引絵、當麻寺縁起絵巻、桑実寺縁起絵巻、譽田宗廟縁起絵巻、法然上人絵伝…、と次々に顕れ、繰り広げられる絵巻に驚き拝み見るその心持ちは、まさにかつての愛好者たちとも重なるよう。図録あり(246ページ、2600円)。

三井記念美術館
 創建1250年記念 奈良 西大寺展-叡尊と一門の名宝-
(4月15日~6月11日)

 西大寺と真言律宗の名宝の出開帳展。展示室の構造上、全彫刻作品が間近に迫り、興正菩薩坐像、愛染明王坐像、文殊菩薩・善財童子・最勝老人像、大黒天立像と善派仏師の作例を堪能。浄瑠璃寺・岩船寺・元興寺・宝山寺・称名寺・極楽寺など真言律宗寺院の文化財も集める。三井記念美術館・あべのハルカス美術館・山口県立美術館を巡回。図録あり(288ページ、2700円)。

大阪市立美術館「木×仏像」、杏雨書屋「杏雨書屋の仏典」鑑賞記

4月16日
大阪市立美術館
 特別展 木×仏像-飛鳥仏から円空仏へ 日本の木彫仏1000年-
(4月8日~6月4日)

 主に関西地方の木彫仏を集め(ほか東博・東藝大美のコレクションも)、樹種や技法、仕上げの違い、木への聖性のまなざしに目配りしながら、概ね年代順に並べて様式の変遷を提示する。大美収集の館蔵品・寄託品もフル活用。飛鳥~平安時代前期の作例を集めた第1室では、唐招提寺伝獅子吼菩薩立像(8c)、東大寺弥勒仏坐像(8~9c)と並び、奈良・宮古薬師堂薬師如来坐像(9c)が寺外初公開。ありがたく像の周囲をぐるぐるまわりながら、正側背をじっくり鑑賞し、その圧倒的な造形を堪能する。解説では印相や伝来環境から唐招提寺との関係性を提示しており、重要な指摘。ほか、長圓寺十一面観音菩薩立像(9c)、三津寺地蔵菩薩立像(10c)、孝恩寺虚空蔵菩薩立像(10c)、河合寺二天立像(11~12c)、東光院釈迦如来坐像(11~12c、元清凉寺釈迦如来立像光背化仏)、専修寺阿弥陀如来坐像(12~13c)、四天王寺十一面観音立像(13c)、大日如来坐像(14c、和歌山・明王院伝来)など、大阪府下の重要作例を重点的に鑑賞。図録あり(172ページ、2000円)。

4月17日
杏雨書屋
 特別展示会 杏雨書屋の仏典
(4月17日~4月22日)

 武田薬品五代社主武田長兵衞設立の杏雨書屋のコレクション展。重要な仏典をセレクトして公開。磧砂版大蔵経(南宋時代刊。朝鮮慶尚道天徳寺藏本を対馬の宗貞守・成職が入手し伊津八幡宮奉納)は、経典と籤(検索用下げ札)、幅子、経箱をともに展示。京大総長羽田亨旧蔵敦煌・トルファン関係資料からは、正始元年(504)大涅槃義記、貞明6年(920)仏説仏名経、阿弥陀如来や菩薩半跏像の印仏が捺された印沙仏など。平安時代中期写本の遍照発揮性霊集巻六は内藤湖南旧蔵。ほか元徳3年(1331)書写の聖徳太子伝暦、保元元年(1156)薬種抄などなど50点がずらり。図録あり(52ページ、無料)。

奈良国立博物館特別展「快慶-日本人を魅了したほとけのかたち-」鑑賞記

4月8日
奈良国立博物館
 特別展 快慶-日本人を魅了したほとけのかたち-
(4月8日~6月4日)

 鎌倉時代を代表する天才仏師「巧匠」「アン阿弥陀仏」快慶の作例を過去最大の規模で一堂に集め、快慶が生きた時代とその造像活動を重ねて浮かび上がらせつつ、初期から晩年までの作風の変遷をたどる。端正で華麗なその像容の魅力のみならず、康慶一門に属しつつも、後白河院周辺や重源との間に特別なつながりを有し、敬虔な信仰心に基づく独自の造像活動をなしえた快慶その人の魅力にも迫る。東大寺阿弥陀如来立像や僧形八幡神坐像、金剛峯寺四天王立像などどれをとっても重要な在銘作例ばかりであるが、ボストン美術館弥勒菩薩立像、キンベル美術館釈迦如来立像、メトロポリタン美術館地蔵菩薩立像・不動明王坐像の4躯の在外作例も請来し、東大寺西大門勅額の八天王像を分離して鑑賞を容易にするなど、快慶様式の把握と理解を大きく助ける画期的な展示。図録(265ページ、2300円)には未出陳の快慶作例一覧、快慶作例の銘記一覧(未出陳品含む)、文様集成、X線透過画像、そして膨大な参考文献が掲載され、今後の快慶研究の上における基礎資料となる重要な成果物。
 会期中、遣迎院阿弥陀如来立像(4/11~)、醍醐寺弥勒菩薩坐像(4/25~)、西方院阿弥陀如来立像(4/25~)、藤田美術館地蔵菩薩立像・阿弥陀如来立像(5/16~)が続々と合流。何度も通わねばならぬ。

安倍文殊院
 快慶展を見て外に出ると雨が降りそうで、傘がないので東大寺南大門はあきらめて急ぎ車に戻り、安倍文殊院へ向かう。巨大な文殊菩薩及び侍者像を拝観。建仁3年(1203)10月3日に南大門金剛力士像の開眼供養が行われた5日後、10月8日に本像頭内に重源・同朋衆・快慶の名が記され、11月30日には東大寺総供養が行われている。疾走するように続く大事業の中、重源の文殊信仰に基づいて行われた本像の造像は、東大寺復興事業と一連のものであったと提起されている(谷口耕生「重源の文殊信仰と東大寺復興」、奈良博『大勧進重源』図録、2006年)。実際の群像の完成は承久2年(1220)までかかっているが、面貌表現は建仁年間のもので、中尊の木作りは総供養までには随分進んでいたのであろう。五台山文殊の宋仏画を元に、破綻なく立体化して細部まで洗練された大迫力の姿に、快慶とその配下の集団の練度の高さを見る。

Appendix

プロフィール

大河内智之

Author:大河内智之
「観仏三昧」の主催者です。
和歌山県立博物館の学芸員です。
仏像の研究者だったりもします。

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