美浜町歴史文館からフォーラムのお知らせをいただきましたので、広報します。令和元年度美浜町歴史フォーラム「みはま、近世の交通と往来-道、旅、道標-」 ■ 日 時 令和元年12月8日(日)午前10時〜午後4時40分(開場9時)■ 会 場 美浜町歴史文化館 第2研修室■ 内 容 歴史学、歴史地理学、考古学、地域史などから道標や旅日記などの資料を通じて美浜町や若狭地方の近世交通を考えます。■演題と講...
文化遺産国際協力コンソーシアムよりシンポジウムのお知らせをいただきましたので、広報します。文化遺産国際協力コンソーシアムシンポジウム「文化遺産の意図的な破壊―人はなぜ本を焼くのか―」■詳細情報(コンソーシアムウェブサイト)https://www.jcic-heritage.jp/jcicheritageinformation20191008/ ■シンポジウムチラシhttps://www.jcic-heritage.jp/wp-content/uploads/2019/10/2019symposium_flyer.pdf ●開催趣旨: 人は...
9月8日に、台風による被害を受けた和歌山県東牟婁郡那智勝浦町の那智山と那智川流域の現状を確認しました。先にツイッターで提示した内容を元に、情報共有化のため、若干の写真とともにここに提示します。 中辺路が寸断されて走れないので、紀伊半島の海岸沿いに国道42号線を走る。那智勝浦町まで全く問題なく走れる。 那智川流域の状況、あちこちに車がひっくり返り、家が壊れ、浸水し、道は崩落し、自衛隊や消防等による災...
現在名古屋市蓬左文庫で開催中の「建中寺と尾張徳川家ゆかりの寺院-法然上人800年大遠忌-」(会期:5月28日(土)~7月24日(日))で、尾張徳川家初代義直生母相応院お亀の方(徳川家康側室)の供養のために描かれた、巨大な当麻曼荼羅(5/28~6/28)と涅槃図(6/29~7/24)が展示されます。 江戸時代前期の尾張徳川家による制作が確実な、紀年銘を持つ大作です。新たに発見された両図、お近くの方はぜひご覧になってみてくだ...
年度末に発行される某報告書に書いた原稿を、ちらっと先にださせてもらいます。文化財を守ることの意味を問いかける内容です。よろしければご一読ください。文化財をなぜ守るのか―新編道成寺縁起制作の意義―はじめに 和歌山県では、平成20年に5件だった文化財盗難が、平成21年に15件、平成22年には38件と急増している。これは警察へ被害届が提出されて発覚した件数であり、実際にはさらに多くの文化財盗難が発生していると考...
大学の講義を終えて、今週も古墳に立ち寄り。ま、そんな時もあります。日本武尊琴弾原白鳥陵(奈良県御所市冨田) 三重県亀山市の能褒野陵、大阪府羽曳野市古市の白鳥陵と共に白鳥三陵と呼ばれる。亀山で死んだヤマトタケルが白鳥となって琴弾原に降り立ち、また飛び立って古市に降り立ったという神話をもとに設定された陵墓。小丘陵の頂部を区画して陵墓としているが、果たして古墳なのだろうか、よくわからない。宮山古墳(奈...
大学の講義を終えて、橿原で用事を済ませたのち、帰路脇道に入って道沿いの古墳に立ち寄る。市尾宮塚古墳(国指定史跡、奈良県高市郡高取町大字市尾) 独立丘陵上に築造された6世紀中頃の前方後円墳。全長44m。飛鳥と紀伊水門(きのみなと)を結ぶ紀路沿いにあり、国際色豊かな副葬品が確認されることから、外交に従事していた豪族の首長の墓と見られている。市尾墓山古墳(国指定史跡、奈良県高市郡高取町大字市尾) 6世紀...
和歌山市の南、風光明媚な和歌浦に、徳川家康を祭神としてまつる紀州東照宮があります。その春の例大祭が、和歌祭(わかまつり)です。本来家康の命日(旧暦4月17日)に行われたもので、今年は5月3日に行われました。 和歌祭では、神輿が社殿から御旅所へと移る際、様々な扮装をこらした多種多様の行列が練り歩き、とてもにぎやかです。お渡りの行列は、ここ数年、諸事情で毎年変化していますが、今年は古式のあり方に近いル...
田辺市中辺路町真砂の清姫堂が全焼し、安置されていた本尊薬師如来坐像、清姫坐像などが焼失しました。放火の疑いもあるもようです。→紀伊民報2008年7月29日記事写真は一昨日、出張の途中に現場に立ち寄った際に撮影したものです。守ってこられた地元の皆様の心中、察して余りあります。道成寺縁起は、安珍と清姫を巡る物語ですが、このお堂のある真砂(まなご)が、安珍と清姫が出会う地です。清姫は真砂の庄司の娘として登場し...
6月18日、世界遺産・熊野古道のシンボル的存在である、田辺市中辺路町近露・箸折峠に安置されている牛馬童子像の頭部が破壊されました。世界遺産を構成する資産に含まれている文化財です。以下のような報道があります。読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、紀伊民報。牛馬童子像画像は、レプリカですがこちらにあります。→和歌山県立博物館ニュース(6月19日記事) 明治時代に作られたもので、熊野詣でを行う花山法皇の姿と伝承されて...