『大法輪』に執筆させて頂いた拙文を、ブログでご紹介させていただきます。基本編・応用編の2回です。まず基本編を。初出は『大法輪』76巻8号(2009年8月1日)です。
仏教美術に親しむ
―博物館・美術館での鑑賞法― (基本編)仏教美術がブーム 近年、博物館・美術館で仏教美術を大規模に公開する展覧会に、多くの人が訪れています。もともと仏教美術展は展覧会の定番ではありましたが、例えば東京国立博物館では、昨年開催された薬師寺展では約80万人、今年開催された阿修羅展では94万6千人の入館者を集めたとのことで、やはりこれはブームといってよさそうです。
信仰対象である仏像や仏画などは、各時代の善美を尽くして作られたものであるだけに、そのかたちには時代を超えて人々を惹きつける普遍的な美しさを内包しています。経済の停滞などで社会の先行きが見えにくく、個々人が明確な未来像をイメージしにくい現代社会においては、そういった美しさを内包した仏の姿に癒されたいと感じる人が増えたのかもしれません。特に仏像の人気は若い世代でも高まっていて、イラストを多用した読みやすい入門書や、仏像を気軽に楽しむエッセイ集などが刊行され、雑誌での特集もたびたび行われています。
さまざまな仏像や仏教美術に興味を持てば、やはり実物を拝観したくなるものです。奈良や京都を訪れて寺院の宗教空間で仏像を拝観する感動は何ものにも代えられませんが、とはいえ、文化財の保存や防犯などの観点から資料を収蔵庫や博物館・美術館に納めていることも多く、そういった場で仏像・仏画を拝観する機会も多いと思います。
そのように本来の安置空間から切り離され「鑑賞」という眼差しの下に置かれることについて、宗教的立場から肯定されないこともあるでしょうが、博物館や美術館で仏像など仏教美術が展示される歴史は古く、例えば明治28年(1895)に開館した帝国奈良博物館(現在の奈良国立博物館)は、廃仏毀釈の嵐が吹いた後の奈良の寺社の名宝を保管し公開する施設として設置され、現在においても仏教美術の殿堂としてさまざまな展覧会を開催しています。そういった場での展示では、堂内空間の再現や展示台・照明の工夫などで、信仰対象であるという尊厳に配慮した展示方法が取られることが一般的です。
博物館・美術館での展示のよさは、まずは普段では近づけない距離で間近に仏の存在を感じられることにあるでしょう。そして多数の資料やさまざまな情報をあわせて把握することで、仏教美術がもつ重層的な歴史と美しさに気づくことができるところにあると思います。博物館・美術館で仏教美術に親しみ、味わうためのポイントを確認していきましょう。
仏教美術とは何か 仏教美術と一口にいってもその内容はさまざまで、大きく分類すると、彫刻、絵画、工芸、書跡・典籍の四種類に分けることができます。
まず彫刻とは、主に立体的に表された仏の姿、すなわち仏像のことです。如来・菩薩・明王・天といった様々な尊格を、木や土、漆、金属、石、紙などさまざまな素材をさまざまな技法を用いて作ります。ほかに祖師など僧侶の像や、神の姿を表した神像、狛犬など動物を表した彫刻もあり、これらも仏像のバリエーションと言えるでしょう。人形を除けば、日本において前近代に作られた彫刻のほとんどが宗教的な背景のもとに成立していると言って過言でありません。
仏像同様に仏の姿を描いた絵画を仏画と呼びます。僧侶や、神の姿を描いたものもあります。絵を描くキャンバスは絹か紙で、絹上に色を塗って描いていれば「絹本著色(けんぽんちゃくしょく)」、紙に墨だけで描いていれば「紙本墨画(しほんぼくが)」などと表します。本紙だけでは使用しにくいので、いずれの素材でも和紙を裏打ちして強度を増し、表具を施して軸装仕上げとするのが一般的です。
工芸とは堂内空間を飾る荘厳具や仏教儀式で用いる法具や梵音具、僧侶が身にまとったり手にする僧具など多様なものを含み、その素材・技法もさまざまです。荘厳具には幡(ばん)や華鬘(けまん)など堂内を飾り立てるもの、法具は華瓶(けびょう)や水瓶(すいびょう)などで、密教で用いる五鈷杵や鈴などは特に密教法具とよびます。梵音具は鐘や木魚など音を出す道具、僧具には袈裟や数珠などがあります。
書跡・典籍とは、高僧の墨跡や経典など聖経類のことです。高僧の墨跡にはその人物の人となりをも感じさせる精神性が宿っていて味わい深いものがあります。典籍では、紺色に染めた料紙に金泥で経文を記し、表紙やその裏の見返しに宝相華や仏菩薩を描いて荘厳した紺紙金字経などがあります。
「出開帳」展のススメ こういった多種類に及ぶ仏教美術を一度に拝観する絶好の機会として、特定の寺院の名宝を集め一堂に展示する展覧会があります。例えば最近では、滋賀県の三井寺の名宝を集めた「三井寺展」(会場:大阪市立美術館・サントリー美術館・福岡市博物館)、京都府・妙心寺の名宝を集めた「妙心寺展」(会場:東京国立博物館・京都国立博物館)などが開催され、過去にも様々な寺院の展覧会が開催されてきました。実はこういった展示のあり方は、江戸時代に霊験あらたかな寺社の宝物を江戸や大坂などでお披露目して参拝者をつのり勧進を行う「出開帳」とも重なる部分があって、実際に「平成の出開帳」などと銘打たれることもあります。仏教美術に親しむ第一歩として、この出開帳展をお奨めしたいと思います。
これから開催される主な出開帳展としては、「興福寺創建1300年記念 国宝 阿修羅展」(九州国立博物館、7/14?9/27)、「建仁寺―高台寺・圓徳院・備中足守藩主木下家の名宝とともに」(岡山県立美術館、7/17?8/23)、「山寺―歴史と祈り―」(山形県立博物館、8/8?10/19)、「熊野三山の至宝―熊野信仰の祈りのかたち」(和歌山県立博物館、9/8?10/18)、「親鸞聖人750回大遠忌記念 本願寺展―世界遺産の歴史と至宝―」(石川県立美術館、9/19?11/3)、「湖都大津 社寺の名宝」(大津市立歴史博物館、10/10?11/23)、「日蓮と法華の名宝―華ひらく京都町衆文化」(京都国立博物館、10/10?11/23)、「開山無相大師650年遠諱記念 妙心寺―禅の心と美」(名古屋市博物館、10/10?11/23)、「鎌倉の日蓮上人―中世人の信仰世界」(神奈川県立歴史博物館、10/17?11/29)、「大本山光明寺と浄土教美術―法然上人八百年大御忌記念」(鎌倉国宝館、10/23?11/29)、「京都妙心寺―九州・琉球の禅文化」(九州国立博物館、1/1?2/28)といったものが予定されています。
展覧会の探し方 ところで日本全国で年間に開催されている展覧会の数をご存じでしょうか。西洋美術や歴史、民俗、考古学などさまざまなジャンルがありますが、調べてみたところ規模の大小はあるものの年間四?五千回あるようです。そのうち、仏教美術が展示されるものが約三百本。このように毎日どこかで仏教美術を鑑賞できる機会がありながら、その情報はなかなか手元には届きません。新聞社やテレビ局などが主催・共催となって開催する展覧会は何度も宣伝され広く周知されますが、ほとんどの展覧会は博物館・美術館の独自事業ですので、宣伝費を調達することなどできず広報力が弱いという実体があります。
新聞の文化欄などで地域の展覧会情報が紹介されることはあっても、全国の展覧会情報を紙媒体で入手することはなかなか難しいものがあります。そういった点で、現在最も確実で広範囲の情報を入手する手段としてインターネットをお奨めします。全国の仏教美術展など展覧会情報を簡単に検索できるホームページとしては、手前味噌ですが私の運営している「観仏三昧」(http://www.d3.dion.ne.jp/~kairyu/)をご紹介しておきます。お住まいされている地域の美術館・博物館でも、案外仏教美術展を開催しているかもしれません。ぜひこの機会にご訪問下さい。
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仏教美術に親しむ―博物館・美術館での鑑賞法(基本編)→
仏教美術に親しむ―博物館・美術館での鑑賞法(応用編) 【観仏三昧 仏像と文化財の情報ページ 】
-全国の展覧会や仏像の公開情報が満載!-
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