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仏教美術に親しむ(応用編)

 『大法輪』に執筆させて頂いた拙文の、2回目です。初出は『大法輪』76巻9号(2009年9月1日)です。
仏教美術に親しむ
―博物館・美術館での鑑賞法― (応用編)


博物館・美術館を使いこなす
 前回、仏教美術には彫刻、絵画、工芸、書跡・典籍の四種類があり、それらに親しむ上で特定の寺院の文化財が一堂に会して展示される「出開帳展」をおすすめしました。早速足をお運びいただいた方もあると思いますが、中には、何をどう見てよいのか分からなかった、という方もあるのではないでしょうか。展覧会には何度も訪れているという方でも、初めはそうだったと思います。
 ミュージアムという概念は近代初頭にヨーロッパを巡検した政治家たちによって日本に移植され、明治5年(1872)湯島聖堂大成殿を会場として文部省博物局による最初の博覧会が行われ、明治15年(1882)、東京上野に帝国博物館(現在の東京国立博物館)が創設されました。ここに見られるように、日本の博物館はその始まりからして国家が「見せる」場という構図が根強くありました。そういった「見せる」―「見させてもらう」という関係性の中では、展示が不親切であったり、解説が十分でなかったりすることも起こりがちです。それでも最近はどこの施設でも来館者対応への意識が向上してきて、「見せる」から「魅せる」へ、「教える」から「伝える」へと、展示の工夫が凝らされているように思います。まずはそういった博物館・美術館が用意しているさまざまなサービスや仕組みを知って、博物館・美術館を楽しく使いこなしましょう。

仏教美術はムズカシイ?
 ある展覧会で、仏像が展示されていたとします。その仏像がどういうものなのかをまず知るための手段が、解説パネルです。その仏像の名称、数量、素材と製作技法、寸法、制作時期、所有者、文化財指定の有無、短い資料解説からなり、展示資料と来館者をつなぐ役割を担ってくれます。
 解説パネルは簡潔に書かれていて理解の助けになることが多いのですが、短く書くがゆえに専門用語を使うことも多く、「ムズカシイ」の種でもあります。例えば名称です。近年はようやくルビを振るのが当たり前になってきましたが、どう読むのやらちんぷんかんぷんということもあります。私事ですが、博物館に就職して最初に担当し展示した資料は「沃懸地螺鈿金銅装神輿」でした。「いかけじらでんこんどうそうしんよ(みこし)」です。前途多難、という気持ちになりました。
 ちなみに、沃懸地は蒔絵の技法の一つで、漆を下地に塗って金粉を密にまいて一面金色に仕上げるもの、螺鈿はきれいに光る貝殻を切って模様を作り漆地に埋め込んで飾る技法、金銅装は銅に金メッキした飾りを付けていることです。一つ一つの用語が分かってくると、名称を見ただけでさまざまな技法を用いた絢爛豪華なお神輿なんだと理解することができます。専門用語はただ小難しいのではなく、そのものを言葉で的確に表現するための手段ですので、慣れてくれば便利な部分もあると思います。
 仏像に話を戻しまして、名称のうち読み方でよく間違うのが「立像(りゅうぞう)」です。立っている仏像の場合、名称の最後に「立像」がつくのですが、「立像(りつぞう)」とお読みになることが多いのではないでしょうか。ちなみに座っていれば「坐像」。「座像」ではありません。ああ、こんなところにも「ムズカシイ」の種は散らばっていますね。
 
ムズカシイの解消法
 こういったことへの一つの解消法として、図録をご活用されるのはいかがでしょうか。規模が少し大きい展覧会でしたら、たいてい出陳資料の図版と解説を掲載した展覧会図録が用意されています。展覧会を総括する内容の論文やエッセイがあり、いろんな話題のコラムなども納められ、そしてそこに掲載される資料解説は、たいてい展示会場に設置された解説パネルよりも情報量が多く、また親切な場合は使用している専門用語の解説を載せたり、参考文献の一覧を載せたりしていることもあります。
 会場に入る前に図録をお求めになり、展示を見ながらその解説文を図録で確認したり、実物では見えにくい細部の図版を確認したりすることで、資料を深く理解する一助となるでしょう。近年はカラーページが豊富に用意された数百ページに及ぶような豪華本もざらにあり、読み応えがあります。
 博物館・美術館での鑑賞の基本は、このように「見る」「読む」にありますが、最近ここに「聞く」が付け加わりつつあります。音声ガイドシステムの普及です。多くは有料ですが(500円が一般的です)、手持ちの機器に番号を入力すると各資料の解説が流れ、イヤホン等で聞くことができます。解説パネルよりも情報量が多く、何より作品を見ながらその見どころを伝えてくれることで、字を追う煩わしさを解消できる利点があります。
 音声の吹き込みには女優やアナウンサーなどが起用され、ボーナス音源などの特典などもつけて、至れり尽くせりです。平成一九年の東京国立博物館の特別展「仏像」では市原悦子さんの語りで音声ガイドが用意されており思わず利用してみましたが、「むかーし、むかし」のあの口調で仏像の話を聞くと、なんだかそれだけでありがたいような気持ちになりました。
 
人から人へ伝える
 ところで音声ガイドシステムは便利ではあるのですが、ただし全ての資料の解説が吹き込まれているわけではなく、一部をピックアップして収録しているのが普通ですから、自分が知りたいものについての説明がないということもあります。
 そこで、学芸員による展示解説のご利用をお勧めしたいと思います。展覧会の会期中に、毎日というわけではありませんが数回行われ、大抵は予約なしでどなたでも参加できます。展覧会作りに関わった学芸員が、見どころを思い入れたっぷりで、裏話なども交ぜてお話ししますので、聞く前と後ではものの見え方が変わっているかもしれません。
 何か疑問点があれば、気軽に学芸員お尋ねになってみて下さい。お客様との対話こそが「見せる」―「見させてもらう」という関係からの脱却の第一歩です。展覧会の、ひいては展示されている資料の魅力を一番伝えたがっている存在、それが学芸員ですので、ぜひお声がけ頂き、ご質問をされてみるのはいかがでしょうか。
 なお、施設によっては展示解説員が常駐して説明や質問への対応を行っているところもあります。また仏教美術に関する展示では、関係する寺院の僧による法話を行うことも増えてきました。
 より専門的な話も聞いてみたいという方には、展覧会の会期中に行われることの多い講演会へご参加されることをお勧めします。会場によっては事前申し込みが必要な場合がありますが、皆様の「知りたい」という知的欲求に応える格好の機会ですので、どうぞご利用下さい。

仏教美術の魅力
 仏教美術の魅力はどこにあるでしょうか。例えば私たちが仏像を見て「美しい」と思うとき、それは単なる外形上の善し悪しを判断しているのではないと思います。
 ある人は仏像の優しげな表情に、あるいは厳しい表情に、思い出の人の面影を見ているかもしれません。またある人は数百年、千年と守り続けられてきたその歴史の蓄積に感動しているかもしれません。またある人は、仏像を通してその造形を成し遂げた仏師の手わざに接し、確かに実在した過去を実感しているかもしれません。もちろん宗教的な立場から、自らの内面を見つめる鏡として対峙する人、あるいは救済者の存在を実感して感動する人もあるでしょう。
 優れて宗教的な造形は、一寺院、一宗派、一宗教の枠組みをも超える普遍的な美を内在しているといえます。しかしそれだけが魅力なのではありません。仏教美術と呼ばれるものは全て、信仰の力によって多くの人々が守り継いできたものです。作られて、そして守られ続けたその歴史の蓄積はさまざまな「物語」となってその作品を包んでいます。場合によっては、対象を守るために作られた「物語」さえあるでしょう。
 例えば先般開催され大盛況であった東京国立博物館の「国宝 阿修羅展」の場合、阿修羅像を取り巻く物語は数多くありました。奈良時代に光明皇后によって造像されたという「物語」、仏教に帰依した阿修羅が自らの過去を懺悔している表情だという「物語」、日本一有名な仏像の一つだという「物語、そして今「私」がその阿修羅と対面しているという「物語」。
 その物語の場に、その歴史の場に、「私」が立ち会っているという感動こそが、魅力の大きな源泉ではないでしょうか。みなさんも是非、博物館・美術館で優れた仏教美術と出会って、感動を味わって下さい。

仏教美術に親しむ―博物館・美術館での鑑賞法(基本編)
仏教美術に親しむ―博物館・美術館での鑑賞法(応用編)

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[C77]

基本編、応用編とも「ふむふむ」と拝読し、
特に専門用語のくだりなど大変参考になりました。
このような文章を無料で気軽に読むことができるのも
インターネットのおかげですね。

[C78]

meme様、ありがとうございます。ほんと、情報をたやすく手に入れたり共有化するという点で、インターネットなしのあり方は考えられませんね。

 この本文中、東京国立博物館の設立に関して、事実関係に誤解を与えるのではとご指摘を頂きました。当方の理解の浅さを露呈してしまいました。本文中に「明治5年(1872)湯島聖堂大成殿を会場として文部省博物局による最初の博覧会が行われ、」の文言を追加いたしましたので、お知らせいたします。
  • 2009-10-05 08:00
  • 大河内智之
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大河内智之

Author:大河内智之
「観仏三昧」の主催者です。
和歌山県立博物館の学芸員です。
仏像の研究者だったりもします。

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