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なぜ文化財を守るか

文化財を守ることについての現時点でのスタンスについて、過去に書いた文章から転載します。元記事は『在家仏教』659号(2007年3月発行)に掲載されたもの。ちなみに執筆の経緯は、『在家仏教』編集ご担当者様が本家サイト「観仏三昧」をご利用下さっていたことから、ご依頼を頂いたものでした。

 なぜ文化財を守る必要があるのだろうか。改まって考える機会は決して多くはないと思う。古いものだから、美しいものだから、という理由では、その全てを説明したことにはならない。文化財とは何なのかを、ある仏像の調査・修理を巡る事例から考えてみたい。
 和歌山県西牟婁郡白浜町矢田に所在する宝勝寺は、臨済宗妙心寺派に属する寺院である。この地は、熊野の山中から流れ出た清水が、日置川となって大海へと注ぐ、その河口近くに位置している。平成14年1月、町史編纂事業の一環としてこの宝勝寺本尊十一面観音坐像の学術調査を行うこととなった。
 本堂厨子内に安置された仏像は、劣化が進んで部材が一部分離した状態であったが、住職とともにようやくのことで運び出した。像高67.4センチ、体躯の緊張をややゆるめて重量感を増した体型など、南北朝時代の流行様式を示している。像底から内部を確認すると、厚い板材を箱状に組み合わせた構造を見て取れ、この技法的特徴も作風が示す制作年代と矛盾しない。さらに像内を調べてみると、胸の裏側部分に墨書が見える。鏡を差し入れて見てみると文和3年(1354)と記されていた。制作年代が特定できる貴重な事例であったのだ。
 部材がはずれて自立できない状態であったことから、保存修復措置が急務となった。文化財修理は、伝えるべき情報を正しく未来へと引き継ぐことに主眼がある、ただ見栄えをよくするというものではないので、どうしてもある程度の費用がかかる。幸いにも住友財団が行っている文化財維持・修復事業助成の対象として採択され、寺の自己負担金、町の補助金とあわせて、平成17年度に一年をかけた修理を行うこととなった。修理方針は次のように立てた。まず像の崩壊を進める要因となっている部材の組み付けのゆるみを解消するため、いったん全ての部材を解体し、再度結合させる。その際、後世に施された表面の彩色は像本来の姿を損ない、虫損の要因ともなっているので取り除き、できるだけ制作当時の姿を取り戻すようにする、というものである。
 成果はすぐに得られた。頭部の部材を解体すると、顔の内側に墨書が見つかった。そこにはこの像を制作させた願主頼源、寺の住持東然、像の作者院弁、費用を集めた大勧進同珍の名前が連なっていた。この仏像制作に関わった人々の具体的な姿が浮かび上がったのである。そして江戸時代に補われた彩色を除去すると、南北朝時代そのままの鮮やかな彩色が、頭部を中心に残されていた。その表情は張りがあって若々しく、制作当初の像が有していた仏の実在感を追体験できる良好な状態であった。
 この修理による成果はさまざまな情報をもたらしてくれた。まずは仏像の来歴が明らかになったことである。本像が安置される宝勝寺は、中世、この地を治めていた領主・安宅氏の菩提寺とされていた。頭部に記された願主頼源は、その安宅一族の通字「頼」を使用している人物であり、まさしく安宅氏による造像であったことを確認することができた。次に仏像の作者が判明したこと。院弁という仏師の名前はこの銘文が初見であったが、南北朝時代に北朝方・足利氏に重用された院吉・院広ら院派仏師の一門と想定された。すなわちこの仏像を造らせた安宅氏の政治的立場をも知ることができたのである。
 さらに発見は続いた。宝勝寺像の存在を踏まえて町内を調査してみると、同時期、同系統の作者によって制作された仏像がさらに二体見いだされたのである。どちらも寺院の本尊像であり地域支配の拠点であったと考えられる。14世紀半ばという時期に、日置川下流域では安宅氏による地域支配の再編が大がかりに行われていたことが初めて見えてきたのだった。
 この宝勝寺の事例は、地域に残されてきた仏像が、さまざまな歴史を今日に伝えてくれる貴重な資料でもあることを示している。仏像は宗教的な機運の高まりのなか制作される。そのためその制作時期は当該地域における画期を示す場合が多い。そして比較的堅牢な素材で造られており、かつ信仰対象として維持・継承されるために、長く残されやすい資料でもある。仏像から地域史を読み解くという方法には、大きな可能性が秘められている。
 文化財とは人の営みによって作り上げられた有形・無形の歴史遺産である。人間は生まれてのち、先人が形成し積み重ねてきた知識と文化を一から吸収し習得していく存在である。いわば過去は、継承された記憶として現在の我々の中に生きているといえる。継承過程で、薄れ、曖昧になり、あるいは途絶えた歴史もあろう。しかし先の仏像の事例のように、残された文化財が内包するさまざまな歴史的事実は、その価値が再発見されることによって再び甦る。文化財を守ることは、人々が蓄積してきた記憶の根拠を残すことなのである。
 最近、仏像など文化財の盗難を頻繁に耳にする。人目のつかない社や堂が狙われ、盗まれたことにさえしばらく気づかないことも多い。近年の「お宝ブーム」により、文化財を金銭的価値で評価する傾向が強まったことが背景にあるとすれば、不幸な事態である。いかなる資料も、求められ、造られ、そして守られてきた場から暴力的に切り離されれば、歴史を失った不安定なものにしかなりえない。受け継いできた文化財を次世代へと引き継ぎ、そして有効に活用するために、我々は残されてきた資料を「お蔵入り」させず、絶えず価値の再発見に努めていかねばならない。

観仏三昧―仏像と文化財の情報ページ―
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大河内智之

Author:大河内智之
「観仏三昧」の主催者です。
和歌山県立博物館の学芸員です。
仏像の研究者だったりもします。

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