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歓喜寺仏像の明治時代

 本日は、和歌山県・有田川町教育委員会主催の、いにしえの有田歴史講座で、「歓喜寺仏像の明治時代―日本最初の「国宝」指定と修理―」と題して講演。
 古社寺保存法にもとづく明治30年12月28日の第一回の国宝指定に歓喜寺阿弥陀如来坐像が含まれますが、翌31年10月に初めての国家による「文化財」修理が、同年設立された日本美術院の新納忠之介によって行われました。高野山、紀三井寺と修理でまわり、歓喜寺では国宝指定された阿弥陀如来坐像と、未指定だった地蔵菩薩坐像が修理されています。翌年、歓喜寺に残されていた6月2日付書簡から、帝国博物館(現東京国立博物館)監査課が地蔵菩薩坐像の調査・撮影を行ったこと、鑑査状を交付しようとしていることが分かります。そして同年8月1日、地蔵菩薩坐像も国宝に指定されています。この一連の指定のあり方から、新納による修理が、指定へと結びついたことはほぼ間違いないと思います。新納は単なる修理技師ではないということです(特に初期において)。同様の事例は歓喜寺像に引き続いて修理された熊野速玉大社の神像でもあって、神像7体中、明治30年には女神像2体のみ国宝であったのが、新納の修理後、全てが国宝となっています。明治期の国家による「文化財」保護をめぐる現場の動きは、地域の中にまだまだ痕跡が残っています。その掘り起こしをできるだけ重ねていきたいと思っています。「移動する仏像展」では、こういったことも、コラム的に触れてみたいと思います。

観仏三昧 仏像と文化財の情報ページ
-全国の展覧会や仏像の公開情報が満載!-

和歌山県立博物館
特別展 移動する仏像―有田川町の重要文化財を中心に― 2010年4月24日?6月6日
【移動する仏像展日誌】

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大河内智之

Author:大河内智之
「観仏三昧」の主催者です。
和歌山県立博物館の学芸員です。
仏像の研究者だったりもします。

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