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文化財をなぜ守るのか

 年度末に発行される某報告書に書いた原稿を、ちらっと先にださせてもらいます。文化財を守ることの意味を問いかける内容です。よろしければご一読ください。


文化財をなぜ守るのか―新編道成寺縁起制作の意義―

はじめに 
 和歌山県では、平成20年に5件だった文化財盗難が、平成21年に15件、平成22年には38件と急増している。これは警察へ被害届が提出されて発覚した件数であり、実際にはさらに多くの文化財盗難が発生していると考えられる。その頻度は、全国的にみても飛び抜けた数字であり、喫緊の事態となっている。
 被害にあった場所の多くは、集落のはずれにあるような、共同で管理している小さなお寺やお堂、神社である。和歌山県内であればどこにでも見られるそうした場所が、集中的に狙われているのが現状である。多くは換金目的による盗難と想定されるが、背景には近年の古美術品収集のブームや、仏像ブームなどがありそうである。
 そうした緊急事態に対して素早いアクションを起こすため、和歌山県立博物館では平成22年11月13日から平成23年1月10日までの会期で、企画展「『文化財』の基礎知識―緊急アピール・文化財の盗難多発中!―」を開催した。盗難現場に散乱していた仏像の部品や、熊野古道中辺路のシンボル的存在である牛馬童子の破壊された頭部など、普段でははばかって展示をためらうような資料をあえて選んで企画展を開催し、暴力的にあるべき場所から奪い去っていく文化財盗難の実情をお伝えした。
 実質予算はゼロながら訴求力があるテーマであったようで、テレビ・新聞・ラジオなど多くのメディアに取り上げられ、文化財盗難が頻発していることについて広く注意喚起することができた。ここではこの企画展の展示資料の中から二つの盗難事件の実情をお伝えし、文化財を守ることの意味を考えたい。そしてその会期中に行った新編道成寺縁起制作の意義を、文化財保存の観点から示してみたい。

1、破壊された牛馬童子像―文化財を守る困難―
 頭巾をかぶった修験者が、牛と馬にまたがるという、他に類例のない姿を見せる牛馬童子像は、田辺市中辺路町の近露地区にほど近い、熊野古道の箸折峠の路傍に安置されている。隣に並ぶ役行者像に明治24年(1891)の銘文があり、牛馬童子像も同じごろに造られたとみられる。
 文化財としては新しいものかもしれないが、謎に満ちたその神秘的な姿から、いつのころからか花山法皇の熊野詣の姿と伝承されるようになり、素朴で愛らしい風貌も相まって、世界遺産・熊野古道のシンボル的存在となっている。
 平成20年6月18日、本像の頭部が切断され失われるという、痛ましい事件が発生した。ただちに、田辺市と地域住民らによる200人近い捜索隊で探したものの見つからず、同年10月、同じ石材を用いて頭部が復元され設置された。
 熊野三山・高野山・吉野山・大峰山とそれらに至る参詣道が、「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界遺産に登録されたのは平成16年(2004)である。その特徴は、聖地だけでなく、そこに至る道と周辺の景観をも含んだ広大な範囲すべてを資産として登録しているところにある。その広大な範囲すべてを監視したり隔離することは不可能であり、この事件によりそれら構成資産である文化財をいかに守ればよいのかという、きわめて難しい問題が突きつけらた。
 幸いなことに、破壊されてから2年がたった平成22年8月16日、箸折峠から約11?離れた田辺市鮎川のバス停のベンチに牛馬童子の頭部が置かれていたのを、地元の中学生がみつけた。奇跡的に発見されたこの頭部であるが、すでに復元された頭部と取り替えることは、屋外にあって強固に接着してあることから本体の破損に及ぶ可能性が高く危険であり、今後のあり方が模索される。
 文化財を守るためには、結局一つ一つの文化財が持つ重要性やかけがえのなさを多くの人が共通認識として持つことが重要となる。痛ましい記憶を風化させず、文化財保存の環境・機運を底上げしていくために、牛馬童子を熊野古道・中辺路のシンボルから、世界遺産保全のシンボルとして位置づけ、頭部を保存・活用しアピールしていくのも一つの方策であろう。

2、千光寺本尊像の盗難―文化財盗難の卑劣さ―
 平成22年9月9日、橋本市高野口町上中の千光寺で、本尊の千手観音立像が盗まれていることがわかった。像高104.5?の大きさで、作風から平安時代の末期、12世紀後半頃の仏像とみられ、橋本市指定文化財に指定されていた。
 千光寺は集落のはずれにあって夜間は人気がなく、本堂の入り口は施錠されていたが壊されていた。参詣の便を図るための進入路によって本堂脇まで車で乗り入れられ、かつその道が人目につかないという環境も、防犯上不利な要素であった。
その盗難の手口は粗く、盗んだ際に仏像を破損させてしまい、手や衣などの部品が堂内に散乱していた。守られ残されてきた場所から暴力的に引きはがし、乱暴に取り扱って破損させてしまうという、文化財盗難のゆるせない実態がそこにはあった。
 そもそも、文化財とは何だろうか。最も広義には、人類の文化的活動によって生み出されたもの、と理解される。人の活動に文化的でないものなどないから、要するに人が生きた痕跡を示すあらゆるものが文化財だといえる。
 盗まれた千光寺の仏像は、造られてから約800年間、地域の中で守り継がれてきたものだった。仏像本体に残された造像時や修理時の痕跡をたどれば、その時その時に関わった人々の思いの一部が浮かび上がってくる。文化財は人々の歴史を蓄積するデータベースだといえる。
 このように理解すると、文化財盗難の卑劣さがよりはっきりすると思う。文化財盗難は、人々の歴史を奪う犯罪なのである。その被害は物理的なものにとどまらず、盗まれた地域の人々の心や絆にまで、大きな痛みとダメージを与える。集落の高齢化や担い手の不足などでお堂の管理が難しくなってきていることも、盗難を誘発する要因となっていよう。文化財盗難に伴う物質的・精神的な被害を被らないためにも、地域の文化財を地域で守っていく体制作りが、急務となっている。

3、新編道成寺縁起制作の意義―むすびにかえて―
 安珍・清姫の物語で著名な道成寺縁起は、熊野への旅の途中、宿を借りた安珍という僧が清姫に恋(れん)慕(ぼ)され、うそをついて逃げ出したものの、次第に蛇の姿となって追いかける清姫に追いつかれ、道成寺の鐘の中に逃げ込んだが焼き殺されたというストーリーをたどる。
 なぜ蛇へ変身するのかということの解釈はさまざまにありうるが、人の心のなかにひそむさまざまな感情の暴走を、蛇への変身という比喩で絶妙にあらわして作られた物語の完成度の高さから、能や歌舞伎、浄瑠璃などの題材ともなり、さまざまなバリエーションの物語が生み出された。
 今回の新編道成寺縁起制作では、人の感情の爆発によって蛇へ変身するという物語構成を活用しながら、身近な問題を物語化する作業を、和歌山大学教育学部の学生たちに行ってもらった。そうした作業の中で、千年間語り継がれてきた道成寺縁起が持つ生き生きとした魅力を、新たな視点から見いだす機会となれば、との考えによる。
 新たに作られた「生命編」「恋愛編」「環境編」「学校生活編」の四つの物語の内容は、生命編では、地震に巻き込まれた青年の生きたいという強い思いが蛇へと変化し、みんなを救い、仲間とのきずなを深めたという物語。恋愛編では実は蛇男であるというコンプレックスを隠し続けた青年が、パートナーの彼女の大きな愛でそのコンプレックスごと包まれるという物語。環境編では見さかいのない環境破壊に対して、蛇へと変化して告発する自然からの強い警告をもとに、人々が共生のありかたに気づくという物語。学校生活編では、理不尽ないじめにあった生徒が、不条理への沈鬱な思いと怒りで蛇へと変化し、それに飲み込まれたいじめた子がいじめられた子の悲しみに気づき、共感し、問題が解決する という物語であった。
 短期間での物語制作であったから、一つ一つの物語の構成やストーリー展開、演出、発表技術などでさらに完成度を高める余地もあっただろう。しかしそうした点で足りない部分があることで各物語の批判を行う必要はないと思う。物語が持つ力の一つは、人が生きるための道筋や枠組みを提示するところにある。世界のあらゆる地域で、太古の昔より作られ、語られる所以である。現代社会が持つさまざまな課題を物語のかたちに再構築し、ハッピーエンドを盛り込むことで、どんな深刻な問題でもそこに希望を見いだす道筋を考える、そうした思考の重要性に関わった学生たちが少しでもきづいてくれたら、新編道成寺縁起の制作は成功であったといえよう。
 今回制作した物語は、道成寺縁起という物語に学び、本歌として取り込み、蓄積された千年間を土台として新たに作られた。一般に歴史や文化財は日常の生活とは無関係と捉えられ思考の枠外に押しやられがちである。しかし、言語や生活文化など過去の人々が蓄積してきた膨大な情報群からの学習により人格を構築している我々自身は、まぎれもない「歴史的存在」である。このことを再認識するなかで、歴史を証明する根拠となる文化財のかけがえのなさも見えてくるように思う。
 地域の歴史や文化財を自らにつながるものとして再認識し、その豊かな魅力に気付いて関心をもつことで、文化財を守ることの意味も明確になるだろう。文化財は歴史である。そして我々は膨大な歴史を背景に現在を生きる歴史的存在である。文化財を守ることは、我々自身を守ることである。
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大河内智之

Author:大河内智之
「観仏三昧」の主催者です。
和歌山県立博物館の学芸員です。
仏像の研究者だったりもします。

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