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読書記録(2011年2月分)

備忘のための読書記録、2011年2月分。学術論文は除く。発行年月日は初版のもの。

島田裕巳『無宗教こそ日本人の宗教である』(角川書店、2009年1月)
 「無宗教は自由を確保する。宗教についてのあらゆる可能性を排除しないことで、かえって宗教の持つ将来の可能性を確保しようとする。」(162ページ)。「無宗教」を肯定的に捉える思考過程に引き込まれる。
奥健夫『日本の美術536 奈良の鎌倉時代彫刻』(ぎょうせい、2011年1月)
 鎌倉時代中期?後期の奈良仏師の作例把握と類型化の作業が大局的で新しい。なるほどなるほど、の内容。
伊東史朗『日本の美術535 京都の鎌倉時代彫刻』(ぎょうせい、2010年12月)
 「慶派の拓いた鎌倉時代新様式のよって来るところが、奈良時代彫刻の学習にあるだけでなく、奈良仏師内部の自立的展開の結果でもあったといえないだろうか」(81ページ)。
山本勉『日本の美術537 東国の鎌倉時代彫刻―鎌倉とその周辺』(ぎょうせい、2011年2月)
 運慶と周辺仏師、善派系仏師、院派仏師の活動が整理され、有益。
倉部史記『文学部がなくなる日』(主婦の友社、2011年3月)
 「大学の「核」は、キャンパスの綺麗さでも、世間的な聞こえの良さでもなく、「人」。人との出会いをきっかけにして、生徒たちにも大きな気づきや成長が生まれるのです。」(174ページ)。文学部否定論ではありません。念のため。
稲垣佳世子・波多野誼余夫『人はいかに学ぶか』(中央公論新社、1989年1月)
 学習者が受動的で無能であるという旧来の認識を廃し、人が本質的に能動的で有能な学習者であることを論ずる。
矢田部英正『日本人の坐り方』(集英社、2011年2月)
 「現代の「正坐」の格好にも、かつては「つくばう」という呼び名があった。このことは、立場が劣る者が「這い蹲る」「屈服する」という意味合いが正坐という姿勢のなかに含まれていることを示している。」(66ページ)。
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大河内智之

Author:大河内智之
「観仏三昧」の主催者です。
和歌山県立博物館の学芸員です。
仏像の研究者だったりもします。

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