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拙稿紹介:十五世紀の熊野における不動堂本尊の造像


 本稿では、寛正四年(一四六三)と応仁元年(一四六七)というごく近接した時期に相次いで行われた、熊野三山における不動堂本尊造像についてそれぞれ検討した。各論旨を再度まとめておく。
 ①湯峰東光寺所蔵の寛正四年康永作の不動明王二童子像は、本宮と湯峰の間で仏像の移動があった実例が確認でき、諸資料の検討により熊野本宮では寛正二年の火災後、寛正六年ごろにかけて復興造営は行われていたことが分かることから、もとは本宮護摩堂本尊像であったと判断される。東寺大仏師康永はこのころ時宗勢力と接近しているようで、造像にあたってはそうした時宗の勧進僧が関与している可能性がある。
 ②那智山青岸渡寺所蔵の如法経縁起の内容から、十五世紀前半に那智山内で那智滝千日籠の行法が整備されていたことがうかがえ、那智参籠中であった熊野三山検校聖護院道興によって行われた、応仁元年の山上不動堂(瀧頭龕)造営と本尊(棟札)の造像、翌年の直筆細字法華経の如法道場本尊化は、その行法の権威化と正当性の確立につながったといえる。(173ページ)

大河内智之「十五世紀の熊野における不動堂本尊の造像-本宮護摩堂と那智滝本山上不動堂-」(川崎剛志編『修験道の室町文化』、岩田書院、2011年6月)
 拙稿のご紹介です。①の内容はすでに発表している「寛正四年康永作東光寺不動明王二童子像と熊野本宮」(『和歌山県立博物館研究紀要』15、2009・3)のリライトですが、本書のもととなった2008年12月の研究集会「室町時代における修験道の儀礼再興と文化交流」での報告対象であるので、あえて取り上げています。②は新資料の紹介も含め、美術史らしくないかもしれませんが、修験道の修法本尊への聖性付与のあり方を聖護院道興の事例から確認できました。
 川崎剛志編『修験道の室町文化』(岩田書院、2011年6月)は5700円(税込5985円)です。 
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大河内智之

Author:大河内智之
「観仏三昧」の主催者です。
和歌山県立博物館の学芸員です。
仏像の研究者だったりもします。

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