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読書記録(2012年5月分)

読書記録、2012年5月分。論文は除く。発行年月日は初版のもの。

寒川旭『秀吉を襲った大地震-地震考古学で戦国史を読む』(平凡社、2010・1)
「南海トラフでは、ある程度定まった間隔でトラフの東側と西側が一緒に地震を起こしており、片側の地震規模が大きい(小さい)と、もう一方も大きい(小さい)という傾向がある。そして、このような規則性が将来も保たれるなら、二一世紀、それも中頃までに次のサイクルが訪れるはずである。(中略)南海トラフの巨大地震は、その東方延長に位置する相模トラフを含む関東地方南部と、少なからぬ影響を及ぼしあっているように思える。関東から九州にいたる広い地域が、短い期間に被災するという懸念は、決して絵空事ではないのである。」(254-255ページ)

上田さち子『修験と念仏-中世信仰世界の実像』(平凡社、2005・9)
「貞慶の宗教活動は、興福寺東西金堂衆的存在、すなわち、社会的には大和国の在地土豪層、寺内では学侶の身辺雑事の補佐や堂内の荘厳に従事し、「苦行と弓箭兼帯の輩」とよばれて寺内の防衛にあたる一方で律家・修験的存在として苦行に挑んだ人びとをふまえて成り立っていた。彼らのある者は、そのままで元興寺などの専修ではない浄土教にも行った。彼らは、民衆に手をさしのべ願望に応えて祈る一方で国家・藤原氏のための祈祷もした。その双方は現実にはしばしば利害が相反する行為である。しかるに彼らはそういう認識が薄く、神祇・王法・仏法・民衆が対立なく共存し得るかのように感じている、階級意識を欠いた存在であった。そうした彼らの思索と活動は、興福寺のなかに とどまらず、内外の交流のなかではじめて醸成され維持されるものであった。それをすくいとったのが貞慶の「遁世」の意義であった。」(161-162ページ)
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読書記録、2012年5月分。論文は除く。発行年月日は初版のもの。寒川旭『秀吉を襲った大地震-地震考古学で戦国史を読む』(平凡社、2010・1)「南海トラフでは、ある程度定まった間隔でトラフの東側と西側が一緒に地震を起こしており、片側の地震規模が大きい(小さい)...

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大河内智之

Author:大河内智之
「観仏三昧」の主催者です。
和歌山県立博物館の学芸員です。
仏像の研究者だったりもします。

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