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玉稿拝受(運慶の十二神将、新薬師寺の薬師像の様式)


「なお十二神将像は、前述のように藤岡穣氏や瀬谷貴之氏の推定にしたがえば、建暦二年(一二一二)頃の造像ということになるが、同年頃に興福寺北円堂の運慶一門による再興造像が完成していることも注目される。同寺南円堂伝来の四天王の本来の安置堂宇についてかねて議論があり、北円堂説も有力になりつつある。この十二神将像が同時期の運慶の神将形像の真作として認められるか否かは、その議論の帰趨に影響を与える可能性もある。
 本稿は浄瑠璃寺に伝来した一具の十二神将像に「運慶」の銘文があったとする明治時代の新聞記事に光をあてるために草したものである。」(55ページ)

神野祐太「東京国立博物館・静嘉堂文庫美術館分蔵十二神将像の伝来と作者」(『MUSEUM』640、2012・10)

「以上、新薬師寺像の様式について様々な観点から比較検討を行ってきたが、その結果に従って天平宝字期から承和期のなかで新薬師寺像を位置づけるならば、基準的あるいは準基準的作例においては秋篠寺十一面観音像や元興寺薬師像から東寺聖僧文殊像、奈良博薬師像へと至る間、すなわち年代で言えば、延暦期末期の八〇〇年前後頃から弘仁期前半にかけての時期に定位される。」(50ページ)

藤岡穣「様式からみた新薬師寺薬師如来像」(林温編『仏教美術論集Ⅰ 様式論-スタイルとモードの分析-』(竹林舎、2012・10)
ありがとうございました。
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大河内智之

Author:大河内智之
「観仏三昧」の主催者です。
和歌山県立博物館の学芸員です。
仏像の研究者だったりもします。

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