FC2ブログ

Entries

展覧会・文化財を見てきました(孝恩寺・観心寺・興善寺)

3月17日
孝恩寺

 和歌山県立博物館友の会の研修旅行を企画して随行。孝恩寺・観心寺・興善寺と、河内・和泉の仏像をめぐる。
 貝塚市の孝恩寺は浄土宗寺院であるが、近代期に隣接していた観音寺を合併して今日に引き継ぐ。収蔵庫内に林立する多様な作風の仏像群は、本来一寺だけに伝来したものとは考えにくく、例えば葛城山系(和泉山脈)の麓に点在した諸寺院の仏像が集約されたような背景があろうか。解説では特に、神護寺薬師如来像に類似する薬師如来立像、雄偉な造形の弥勒仏坐像(阿弥陀如来坐像)、高い髻と異国風の風貌を持つ跋難陀龍王立像、厳しい表情と整ったプロポーションの十一面観音立像など、9世紀彫像の魅力をじっくりと解説。併せて、伏線として、定朝様式の阿弥陀如来坐像の特徴にも触れ、平安時代の仏像様式の流れを説明。

観心寺
 河内長野市の観心寺は、空海の弟子実恵によって天長2年(825)に創建、その弟子真紹の申請で承和3年(836)太政官符により敷地許可、承和10年(843)に河内国守が俗別当となり、伽藍の整備がされた真言密教の重要拠点。宝物館内で、9世紀彫像のもう一つのムーブメント、密教彫像の魅力をじっくり解説。9世紀半ばごろ造像の伝宝生如来坐像(弥勒菩薩)、伝弥勒如来坐像(仏眼仏母)が、観心寺勘録縁起資材帳に所載される当初の講堂安置像であり、曼荼羅図像に忠実に則り、また乾漆盛り上げという技法的特徴があいまって、神秘的かつ官能的と評される独特の作風が構築されたたことを解説。本尊如意輪観音像については4月17、18日の開帳日をご紹介。ほか、唐時代の聖僧坐像についても、資材帳所載像の可能性を示す。

興善寺
 岬町の興善寺は、文徳天皇の勅願で円仁による創建と伝承する天台宗寺院。文禄2年(1593)紀伊国守浅野家家臣白樫三郎兵衛が再興、明暦3年(1657)粉河寺僧専海によって中興され、紀州とも関わりが深い。本尊の胎蔵界大日如来坐像は像請う288.0㎝の巨像で、当初の巨大な台座も残り、この台座は内々陣床下を大きく掘り窪ませて納置。像内に保安元年(1120)銘と多数の結縁者名が記される。その脇の釈迦如来坐像(像請う138.9㎝)は、やはり像内銘により寛治7年(1093)、仏師経範の作と分かり、また記される結縁者の中には、大日如来坐像と共通する人物もある。さらにもう一躯、12世紀の薬師如来坐像が安置。釈迦・薬師についても当初の台座が残る。これら3躯から、定朝様式の成立とその歴史的意義について、解説。
 以上、河内・和泉の仏像から、平安時代の仏像様式の流れを体験するツアーでしたm(_ _)m。
スポンサーサイト



この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://kanbutuzanmai.blog66.fc2.com/tb.php/606-101301cc

トラックバック

コメント

[C223]

たまに拝見させていただいております。
3月19日の中日新聞に大きく載っていたのですが、善福寺で40点に及ぶ佛像展が開催されているそうです。
私はいけませんがどんなものがあるか興味が湧きますね
  • 2013-03-20 21:34
  • 通りすがり
  • URL
  • 編集

[C245]

孝恩寺の仏像群については、少し時間をかけて拝観したいところですが、
個別対応なのでななかなか難しいものがあります。
観心寺については、木板に描かれた金胎蔵曼荼羅に驚きました。他寺で
あまり拝観したことがありません。
興善寺は知らないのですが、このようなツアーができるとは贅沢ですね。
  • 2013-04-19 15:26
  • 神林
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

大河内智之

Author:大河内智之
「観仏三昧」の主催者です。
和歌山県立博物館の学芸員です。
仏像の研究者だったりもします。

月別アーカイブ

ブログ内検索