FC2ブログ

Entries

展覧会・文化財を見てきました(東北歴博、せんだいメディアテーク、松川二十五菩薩堂)

1月13日、宮城と岩手を巡りました。

東北歴史博物館
 東日本大震災復興祈念特別展 神さま仏さまの復興-被災文化財の修復と継承-
(11月16日~1月13日)

 宮城県内で、東日本大震災を要因として破損し修復が施された仏像について、それぞれの資料の被災の記憶と、修復に至る間の人びとの関わりを像とともに提示し、地域の象徴として守られてきたことを強調する。修理時の資料画像や調書など、詳細もともに報告する。
 横山不動尊大徳寺の不動明王坐像は、平安時代後期の丈六仏で、圧倒的な大きさ。双林寺薬師如来坐像、二天立像も東北を代表する平安時代前期の圧倒的な量感の彫像。野蒜海津見神社毘沙門天立像は、津波被災の後、地元住民によって部材が回収され、救援委員会による輸送作業、東北歴史博物館での保管、美術院ボランティアによる清掃・修復と、多くの人びとが関わったことが示される。
 これらの活動において、博物館が地域と積極的に関わりを有して、被災資料を未来へ引き継ぐための仲介者としての役割を果たしているようすを確認する。自分たちでは言わないが、博物館も、紛れもなく主役の一人である。図録あり(88頁、1080円)。ただし修理時の資料画像は図録に掲載されず。

松川二十五菩薩堂
 岩手県一関市松川の、松川二十五菩薩堂を訪問。平安時代後期の優れた作行を示す阿弥陀如来及び二十五菩薩の群像が伝わることで有名。群像中、造像当初の面部材が1点も残らないなど破損甚大であるが、脱落した腕など細かな部材も多数残り、一部金箔も確認される。
 洪水時に流れてきたものを救出した(脇を流れる砂鉄川は数年ごとに氾濫するとのこと)とする地域の伝承は、おそらく断片状態が長く続いたことを示すかと思われるが、あるいは大きな移動を経ず地域との関わりを失っていない可能性も想定される。周辺地域の地理的、宗教的環境も確認し、平泉の真東にあたり鉱山に囲まれる当地の象徴性に思いを馳せる。一関市博物館も訪問し、常設展示鑑賞。

せんだいメディアテーク
 一人ひとりのくらしの風景が見えてくる-東北学院大学「牡鹿半島のくらし展」-
(1月10日~1月13日)

 津波被害により被災し、レスキューされ、東北学院大学が受け入れた石巻市鮎川収蔵庫の民具を展示。これら資料はレスキュー後、大学で洗浄、脱塩の作業が行われ(国立民族学博物館など諸機関と連携)、安定化したが、基礎データも失われ、地域といかに関わってきたのかも不明となっている。昨年現地で2度展示され(旧牡鹿公民館跡地:2013年8月13日~15日、宮城県慶長使節船ミュージアム:11月3日~4日)、その際に聞き取り調査を行い、台帳化を図って、今回の展示ではそうした聞き取り情報をもとに資料をめぐる「思い出」をともに提示し、一つ一つの資料を地域の「歴史」の風景の中に再誘導する。
 展示-観覧者からの聞き取り-記憶の可視化のプロセスで、もう一度人びとの記憶と結びつけて、資料が「ある」ことの意味を作り上げる活動であり、こうした手法は、被災の有無、資料の種別に関係なく普遍化できるものであり、重要な実践である。リーフレットあり(16頁)。
スポンサーサイト



この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://kanbutuzanmai.blog66.fc2.com/tb.php/641-ab5538eb

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

大河内智之

Author:大河内智之
「観仏三昧」の主催者です。
和歌山県立博物館の学芸員です。
仏像の研究者だったりもします。

月別アーカイブ

ブログ内検索