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犯罪被害に遭う仏像-文化財盗難についての現状と対策-

犯罪被害に遭う仏像-文化財盗難についての現状と対策-
大河内 智之

 近年、仏像などの文化財を対象とした盗難被害が全国で頻発している。文化財が市場価値のある「商品」という見方が広がる一方で、老若男女を問わない仏像愛好のブームも続いている。結果的に美術品として仏像などを求める需要者層が拡大し、それに対して盗難品を供給し利益を得ようとする犯罪者が現れているのが、基本的な構図とみられる。盗難被害資料の中には重要文化財も含まれ、また海外に流出して政治問題化している事例もあるように、日本美術の世界的な需要という要素も無視できない。
 これとともに、文化財を守っている側が抱える構造的な問題も大きい。文化財とは人々の文化的な活動によって作られ残されてきたものである。寺社は信仰の力で維持・継承されやすいため、必然的に価値ある文化財が多く残されている。住僧がいれば、文化財=寺宝を守るための一定の措置がなされ、犯人もまた犯罪の発覚を恐れて深刻な盗難被害は発生しにくい。しかし問題となるのは犯罪が発覚しにくい場所、すなわち地域住民によって守られてきた、無住の堂舎や小祠である。現在、各地の集落では、人口減や高齢化によるコミュニティの縮小が社会問題化しているが、盗難問題もまさしく同根で、堂舎・小祠の管理の担い手が不足し、半ば放棄され、犯罪の抑止力を失っているところが増えている。
 和歌山県では、平成22年から23年の春にかけて、被害届が提出されたものだけで連続60件(仏像172体、仏具等90点)の文化財盗難事件が発生した。被害に気づかず届け出のなかった事例もあると想定されるので、その数はさらに多かったとみられる。全国的に見ても過去に類例のない深刻な被害規模で、このほとんどが山間部の集落で管理される無住寺院であった。この事件の経過と顛末、そして現状を確認し、仏像盗難の問題について考えたい。
 平成22年の夏ごろ、例年に比べて盗難被害が際立って多く発生していることが把握された。和歌山県教育委員会では和歌山県警察の担当課と連携し、被害情報を逐一提供してもらい、市町村等への注意喚起を行う体制を作った。この初動体制を作るにあたっては、筆者がこれ以降文化財盗難問題に主体的に関わり続ける原因となった、忘れがたい苦い経験があった。
 同年4月、紀の川市中津川の集落から2㎞ほど山中に入った葛城山系の中腹に位置する中津川行者堂で、堂外に吊り下げられた鰐口が盗まれた。ここは周辺に全く人家がないが、細い道であるが車の乗り入れが可能で、平成2年にも県指定文化財の阿弥陀三尊像などが盗難被害にあっていた(未発見)。地区住民から相談を受け、今後の対応のため改めて行者堂を訪問することを約束したものの、目前の仕事に取り紛れて日を重ねていた。8月末、再び連絡があった。今度は行者堂の扉が破られ、本尊の役行者及び前後鬼像などが失われたという。血の気が引いた。更なる被害も予想されたため、すぐに堂内のほぼ全ての資料を和歌山県立博物館に緊急避難したが、早く対応しておれば防げた被害である。これ以後、自らもまた当事者であることを強く意識することとなった。
 その後も、次々と盗難被害は発生し、とどまる気配がなかった。県下における盗難被害急増の状況を広く伝え、広範囲にわたる所蔵者・管理者に防犯対策を講じてもらうため、急遽、県立博物館では企画展「緊急アピール・文化財の盗難多発中!」(会期:平成22年11月13日~平成23年1月10日)を開催することとした。実際に盗難被害現場に残された、盗む際に壊れた仏像の手足など、本来あるべき場所から暴力的に引きはがして奪い去る文化財盗難の実情を具体的に示し、その卑劣さをアピールし、テレビや新聞、ラジオでも広く紹介された。多少の抑止効果はあったと思いたいが、なお被害は続いた。
平成23年4月になって、ようやく文化財の連続窃盗犯が逮捕された。犯人は車中で寝泊まりをしていた男で、昼間に盗みやすそうな寺社を下調べし、夜間に侵入して犯行に及び、大阪府内の古物商に売却していた。文化財に関する知識はなく、手当たり次第の犯行であった。逮捕後、犯人の手元に残されていた文化財が押収され、売り払い先の古物商に残されていた文化財も警察に回収された。捜査の進展の中で、順次所蔵者が判明するものについては返却され、中津川行者堂の役行者及び前後鬼像については、役行者像は幸い取り戻すことができたが前鬼と後鬼は行方不明のままで、このうち後鬼像は、インターネット上のオークションに出品されていたことが後日判明したものの、売り主や売先はわかっていない。
 なお、古物商から転売された文化財も多数に及ぶと推測されるが、平成25年2月に発行された古美術商のオークションカタログに、一連の事件で盗難被害をうけていた紀の川市穴伏・円福寺の仏像3躯が掲載されているのを見つけた。ただちに円福寺総代に連絡し対応を協議して、オークションからの取り下げを業者に依頼し、交渉を行った結果、5月には買い戻すことができた。しかしほとんどの資料は浮上することなく、今も各地で取引されているものかと思われる。今後も資料の動きを注視していく必要がある。
 窃盗犯が起訴され、裁判が終了して刑が確定した後も、大きな問題が浮上した。押収・回収された文化財の内43点が、所蔵者不明のままとなっていたのである。実は被害届けを出した地域の多くで仏像等の写真やデータなどが何もなく、何が盗まれたのかさえ分からないケースが多発していた。先の43点は、戻すための手がかりがなく、取り残されてしまった資料であり、中には平安時代、10世紀に制作された古仏も含まれていた。こうした証拠品については通常、裁判終了後に一定期間保管した後、告示を行って国有とし、処分(売る・捨てる)される。しかし今回は和歌山県の歴史を伝える重要な資料群と想定されることから、和歌山県警・和歌山地方検察庁と相談し、国有資料となった後に県立博物館に移管されることとなった(写真1)。博物館ではこれら所蔵者不明の文化財を詳しく調査し、写真と詳細なデータをホームページに掲示し、所有者情報の提供を呼びかけている。
 平成26年春になって、博物館の過去の調査データを確認していたところ、所蔵者不明の文化財のうち阿弥陀三尊像3躯と、紀の川市桃山町の安楽寺の仏像が、特徴や寸法が一致することが分かった。同寺では平成22年11月に盗難被害に遭って、被害届も提出されていた。待望であった所有者の判明であり、返却前に企画展で出陳して改めて文化財盗難を防ぐためのアピールをさせてもらったのち、10月27日に4年ぶりに寺へとお戻りいただいた(写真2)。今後も全ての所蔵者不明文化財を戻せるよう努力したい。
 仏像など文化財の窃盗は、それが伝来してきた、本来あるべき場所からの簒奪であり、地域や人々の歴史を奪う卑劣な犯罪である。かつ物的な被害だけでなく、所蔵者や地域の人々の心・絆にもダメージを負わせる。そうした二重の被害にあわないためにも、地域の人々が地域の文化財に関心をもち自ら守る体制を作ることが重要である。特に写真や基本データが何もなかったため、盗難被害資料が特定できない事例は、連続盗難被害事件の大きな教訓である。地域に残されている文化財を、写真に撮影し、寸法を測って残しておくだけでも、万が一の際には重要な資料となる。またそうした作業を通じて、地域の魅力を再発見することにもつながるだろう。
 もう一つ、集落の人口減や高齢化により、日々の信仰活動の中で守られてきた村の寺社が、次第に守れなくなっている問題は深刻である。まずは厳重な施錠(一つより二つ、三つと複数取り付けられれば理想的)を行い、地域の実情に即して警報機、投光器等の設置などの防犯対策が望ましいが、集落と離れている、電気が通じていないなど、それらの対策が防犯効果を生まないケースもある。
 地域の中で守られ伝えられてきた文化財は、地域とのつながりを失うことなく、そのままの環境で維持・管理されていくことが最善であることは言うまでもないが、防犯、防災の観点から、やむを得ず文化財を他所に移さざるをえない事例もある。博物館はそうした場合の移動先として、これまでも資料の寄託を受けてきたところである。ただし、こうしたケースにおいては、文化財は守ることができるが、仏像等を移すことによる信仰の場の変容を余儀なくされるという問題もある。
 こうした問題を解決する一つの方法として、文化財のレプリカを作成し、それを現地に安置することで、文化財を守りながら、信仰環境の変化もできるだけ小さくするための取り組みも行っている。例えば紀の川市平野の林ヶ峰観音寺では、平安時代前期制作の菩薩形坐像のレプリカを、博物館と和歌山県立和歌山工業高等学校産業デザイン化の生徒とが協力して作成し、平成25年2月に奉納した(写真3)。これは実物をレーザー計測し、パソコンで修正して、3Dプリンターで出力して彩色したものである。県下では、ほかに中津川行者堂、三谷薬師堂、滝尻王子宮十郷神社などにも同様の方法で作成したものを安置している。賛否はあるだろうが、こうした方法によって地域住民から「夜も安心して寝られる」といった感想をいただくケースもあり、効果は大きいと思われる。
 文化財を守るために何より大切なのは、人々が身近に残されてきた文化財を知り、魅力に気づき、関心を持つことである。無関心のままでは、盗まれても、壊れていても気がつかない。興味を持って初めて、いかに残していくかを当事者として意識することになる。地域に伝わる文化財は、地域住民を結束させる役割も果たす。近年の大規模な自然災害後の復旧でも、仏像や祭りなど文化財が人々の紐帯として機能し、再結集の象徴となっている。仏像が、地域の人々の心を結ぶシンボルとして日常の中に息づいていること。それこそが仏像を盗難被害から防ぐための、最大の原動力となると思われる。私自身も当事者意識をもって、文化財の保存と継承のための支援を続けたい。
(『高野山時報』3342号、2015年1月)
所蔵者不明の文化財(写真1) 安楽寺へ戻った仏像(写真2) 林ヶ峰観音寺へ複製の奉納(写真3)
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大河内智之

Author:大河内智之
「観仏三昧」の主催者です。
和歌山県立博物館の学芸員です。
仏像の研究者だったりもします。

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